Overview
『マネジメントは嫌いですけど』を読んだのでその備忘録です。
自分はピープルマネジメントに関わる業務をしてるわけではないですが、プロジェクトマネジメントには主たる業務として担当しているので、その勉強も兼ねて読んだのですが、ピープルマネジメントの話よりも後半にあった お金にまつわる組織力学 の話が非常に興味深く勉強になったのでその観点について自分の考えてることも含めてつらつらとまとめてみます。
キャリアパスから組織を考える
エンジニアの貢献を評価してもらうのは難しい。
前提として一般的な MBO(Management By Objects) を評価に採用してる企業を念頭に書かれていますが、MBO の評価には以下のような傾向があります。
- MBO による評価においては、エンジニアの貢献(技術力を上げる、少しずつ改善する、悪い出来事が起こるのを未然に防ぐ)というものが評価されづらい。
- MBO による評価においてはエンジニアの貢献(何も起きないということにどれだけの労力を割いているか)に価値があるかを評価する術を持たない。
これは実際に仕事をしていても評価のタイミングでたしかにこの傾向はあると感じることは多いです。
報酬は経済が決めている
評価に報いるのは「報酬」です。
ただ、この報酬を決める原資に目を向けると、営利企業に所属してる以上は企業が外部から得ている収益(売上)がそれにあたります。
優秀な社員への報酬が安すぎると見られる場面でも、所属してる企業の得ている収益という原資を超えて報酬を出すことはできません。
これはある程度社会人を経験すると、給料の多寡というものは、その人のスキルではなくその企業の売上(更に行ってしまえば仕事をしている市場)によって決まる、というのは特に不思議なことではないです。
このあたりはインターネット上で良く「椅子取りゲーム」と揶揄されたりするので最近では一般的な考え方として浸透してると感じてますが、本人の努力とは無縁に(ゼロではないにしろ)報酬額が決まるというのはいかにも資本主義経済*1だなと感じます。
また別の文脈で、この原資から報酬をどう差配するのかはファイナンスの責任範囲になる、というのも組織の構造があります。
この構造を元にすると、技術者の技術的な貢献に対する配分の枠をある程度確保するには、ファイナンスに技術を分かる人(言ってしまえばエンジニア出身者)をアサインしていると、技術的な貢献に対しての報酬はレバレッジの効いたものもなる可能性があります。
ただ、自分もそうですが、そういった企業に所属したことはありませんし、資本主義というゲームの中では例え技術的な背景のある人がなったとしても難しいのではないかなと思います。そういった技術者の貢献が正当化される世界線というものは自分もあまりイメージができません。あるのかもしれませんが、少なくとも例外的な存在ないなるんじゃないかと思います。
組織の中のお金の理屈
プロジェクトにまつわる「お金」には2種類あり、CAPEX(Capital Expenditure) と OPEX (Operating Expenditure) があり、自分が勉強になったのは OPEX の取り扱いでした。
都度発注ではなく年間の概算で予算を立てる
これは身近なインフラチームが毎年やっているので馴染みがありましたが、
- 年間を通した予算調達にすることでのオペレーションコストの削減(都度発注にすると毎回調達のオペレーションコストがかかる)
- 発注をまとめることで購買価格を下げる作用がある。
- 予算管理をしてる部門は、年間予算で動くので進め方ともアラインしている。
- 予算は資産と利益を見通すために必要で、都度発注のような不確実なものは避けられる。
というメリットがあります。
こういった予算を決めるためのメリットと言ったものはその立場にならないと触れられない観点であり、会社の名kでどうしてそう動いているのか?ということがわかるとお金にまつわる解像度が一段上がりますし、自分が交渉するときに知識として持っておいて損はない内容だと思います。
削減する方向ではなく、伸びていく方向に目を向ける
個人的にはこれはコミュニケーションテクニックの類だと思いましたが、「XXX な金額を YYY 円(%) 削減 」という伝え方でなく「同じ金額で ZZZ 倍の性能を手に入れる」という伝え方で評価するというものです。
削った予算は返ってこない or もっと削れるというリクエストに繋がるので、同じ予算を使って効用がどれくらいあったか?という伝え方にするというのは目からウロコでした。実際の仕事でも使っていきたいポイントです。
この伝え方を知っていると「100万円かかるものが50万円になりました」ではなく「100万円で200万円分の効果がありました」となります。確かに自分が予算の差配を握っている立場であれば、どちらも同じくらい勝ちがあると思いますし、何より現場からすると予算が削られないメリットを享受することができて一石二鳥感があるなと思いました。
維持する予算は新しく何かを作る予算より確保しづらい
一度成果が確定したものを維持するコストというのは、予算策定部門から毎年削減してほしいと要求が来ます。これも身近でこのコミュニケーションを見てるのでわかりますし、業務で予算の削減系のタスクをしたことがあるのでよくわかります。
サービスを維持するのに必要な予算なのに、そんな簡単に削られる分けないだろうと思いつつ、そもそも維持コストはそのまんま固定費として計上される事が多く、固定費はまんま削減対象となるというのはわかりやすい帰結だなとは思いました。固定費を削れば会社の売上に対する損益分岐点を手前に持ってくることが出来るので、会社としてその意思決定になるのはしょうがないことでもあるというのは理解できます。
ただ、削減のゴールは究極的には「ゼロにする」ことで、それは廃止(サービス終了)と同義です。
サービス終了する気はないが、コストは限界までゼロにする、というのは結構身勝手なファイナンスの要求だなと思ったりもしますし、これまた現場レベルで考えると当然の考えかなとも思います。
ただこれまたテクニックだなと思ったのですが、この削減を回避するために、「新しく作り直すことで付加価値を見せて、維持する予算も取る」ハックが存在するというのは納得感がありました。自分自身そうしたやりとりは何度か目にしたことがありますし、知らず知らずのうちにやっていた記憶もありました。
承認の負荷の意味とリジェクトの基準
Pull Request などがわかりやすいですが、技術職は日常的に「承認を得る」活動をしています。
そしてこの承認にはいくつかの基準があります。
同じようにマネジメントにも「承認」の活動がありますが、現場仕事とはまた違った「重さ」が存在します。それは当然でマネジメントサイドの承認には関連するステークホルダーが多いので、その承認をされるかされないかで社内外問わず影響を受ける人の数が違うということが挙げられます。
ただ、承認されるものは否認されるものもあり、本書にもありますが、承認ばかりされるよりもきちんと否認されることが文化として整理してることのほうが価値があるということは自分としても確かに、、、と感じるところはあります。
否認にはそもそも承認以上のコストが掛かるものですし、疎まれもします。
ただし、否認するならするでその基準が必要だと最近考えています。個人に属人化したブラックボックスな基準で否認されても、された側はどうして否認されたのかわかりませんし、それがそのままネガティブな感情に結びつくことは想像に難くありません。
組織として承認と否認の基準を明確にし公開しておくと、リクエストしたりプロポーズする側はその基準を学び、その基準を満たすための準備をします。結果として意思決定のレベルは平準化されるので、この基準を作るという行為は、組織全体のレベルアップにもつながると思いました。
予算の仕組みを知る
正直のこの部分が一番本書で勉強になったポイントかも知れません。
予算は会社を守るためのツール
予算には以下の役割があります。
- なんの根拠もなく会社の資産を使い込みすぎないガードレール
- 他の部門(財務や経理)とのコミュニケーションツール
特に財務や経理と行った部門は「会社として生き残るためのお金を確保する」のが仕事なのでこの部門とやり取りするのに予算に関する知識が必要になります。
時間を買えるならお金はかけたほうがいい
楽をするためにお金をかけることは割けるべきですが、お金をかける効用が「時間を節約すること」であるならそれはお金をかけたほうがいい場面が多いです。
なぜなら時間は常に有限なので、時間を短縮できるというのは長い目で見たときに一番いいお金の使い方になるからです。
目先の費用削減等に目を向けがちですが、削減した結果将来的に時間というコストを負うかどうか?は現場で持っておいて損はない観点だなと思います。
資金繰りの話
現場仕事で資金繰りのことを考える機会というのはほとんど存在しないと思いますが、資金繰りは非常に大事です。
※ 資金繰り = 期日までに支払いの原資を調達できること。
資金繰りにおいては「とにかく現金を確保すること」「黒字の信用がなければお金は借りられない」という原則があります。
前者は家計の運営等やっているとわかるポイントかなと思いますし、このために「先払い」をやめて「後払い」を選択する等お金周りのテクニックが存在します(ローンはこう考えると非常に良い仕組みだなと思います。)
後者は自分で事業を立ち上げる、もしくは経営陣に入る、ということをしない限りはほとんど意識することはないと思います。僕もそうです。
一方で巷には黒字を割ける事による節税ハック等が流布していたり、そもそも成長を価値としておくスタートアップ等は赤字であることを許容して成長に投資し続けることが正義だったりもします。
どちらの世界を取るかは企業、ひいては経営者の色の世界なのもしれませんが、経営者でない自分としては黒字にする、及び黒字の幅が大きくと株式市場から評価されない、ということをとある経由でまざまざと痛感しており、つい最近アンラーニングした観点でもありました。
黒字にしないと評価の土俵にも登れない、という世界があり、それが非常に身近なところにあると実感したときに、会社の経営状態(特に B/S や P/L) を見て解釈できるスキルというは必要になるんだなと思いました。
同時に、このルールを知っていると今まで理不尽だなと思っていた制約が別の観点(資本主義の世界等々)では合理的な価値基準なんだなと再認識するきっかけもくれました。
その意味ではこの章におけるお金にまつわる組織力学の走りに触れ、街道度を上げることができたことは自分にとって非常に勝ちがありました。
まとめ
冒頭にも記載しましたが、マネジメントの本かと思いきや組織とお金の話まで及んでおり、かつ自分が最近仕事のやりづらかを感じていたポイントの多くでその背景や前提を言語化してくれていた書籍なので本当に勉強になりましたし、自分の中の解像度が少し上がったような気がします。仕事にはお金がつきものなのでお金に関する知識というのはまだまだつけていきたいと思います。
bsky.app『マネジメントは嫌いですけど』を読んだ。マネジメントの本かと思ってたけど後半のお金にまつわる組織力学の話がとても勉強になった。 予算管理、資産管理、この辺が多少なり業務に関わってきてたので、実感を持って読めたし、今まで提案がリジェクトされた背景も垣間見ることができた。 組織に関するお金の解像度は少し上がったし、そもそもお金の話をするときは普段現場で使ってるものとは異なるプロトコルで会話する必要がある。『Tidy First?』でもお金(これはオプション取引の話だったけど)の話があったので、今まで考えてこなかった観点を少しは固められたかな?と思うなど。
— emahiro (@emahiro.bsky.social) 2025-01-19T02:58:25.575Z
*1:ちょうど マイケルサンデル教授の記事 がバズっていてまさしくこの話だなと思ったりもしました。トピックとして出ている職業は技術職のそれとは違いますが